医療生協とは

県民の願いと運動で生まれた沖縄医療生協

沖縄医療生協は戦後の米軍支配と劣悪な医療状況の中で、「いのちと健康、くらしと平和を守るために」「いつでも、どこでも、だれでも良い医療が受けられるように」との県民の願い(要求)を出発点に、みんなでお金を出し合って1972年10月に設立しました。
現在では、「医療と介護」「健康づくりとくらし・平和を守る運動」など、大きな役割をはたしています。

医療生協って何?

医療福祉生協連のマーク医療生協は、地域の人びとが、それぞれの健康・医療・介護とくらしにかかわる問題をもちより、組織をつくり、医療・介護の事業所を運営している組織です。
そして、その医療機関に働く役職員・医師をはじめとした医療専門家と組合員との協同によって、問題解決のために運動する、生協法に基づく住民の自主的組織です。

2010年10月1日に、日本医療福祉生活協同組合連合会(医療福祉生協連)が結成され、全国270万人の組合員が協力して明るいまちづくりをすすめています。

医療生協からのメッセージ

上原昌義私たちは「いのち」と「くらし」をまもる生協です。
1960年代の沖縄は病院・診療所数が全国平均と比べ、半分以下であり、医師・看護師数は3分の1以下、各種疾患や伝染病罹患も高率で多くの困難を抱えていました。
そのような医療事情の中で生活や健康に多くの不安を抱える地域の人々と協同して「患者の立場に立つ医療の実践」「無差別平等の医療」「患者・住民と共に闘う医療」を合言葉に、わずか9人の職員で1970年12月那覇市松尾に沖縄民主診療所がスタートしました。
生活と労働の視点から疾病をとらえる事を重視し、一般診療以外に往診や夜間・休日診療の実施や、住民参加の視点で地域での医療懇談会や生活相談、患者会・班会を組織して総合的な医療活動を作り上げ、1972年沖縄県祖国復帰の年に沖縄医療生協が設立されました。
そのような黎明期を経て、さらに地域住民の「安心して入院できる施設が欲しい」との要求に応えるため、様々な困難を共に乗り越え1976年3月に沖縄医療生協のセンター病院として沖縄協同病院が豊見城村真玉橋に建設されました。
その間、各診療科を総合的に発展させ、2009年6月に那覇市古波蔵に新築移転し、現在3つの病院と6つの診療所、老健施設を含む8つの福祉介護施設を運営し、2012年創立40周年を迎えることができました。
今の日本の現状は長引く不況の中で社会格差や貧困の拡大、世界に類を見ないスピードで超高齢化社会を迎えようとしております。
また東日本大震災や福島原発事故で「いのち」と暮らしが脅かされ、今あらためて日本社会のあり方が問われる時期にきています。
このような時代だからこそ、「出会い・ふれあい・支えあい」を合言葉に、ひとりでも多くの方々が協同の輪の中にはいって、お互いの健康や生活に関わる問題を持ち寄り、一緒になって解決して行く医療生協運動が「いのち」と「くらし」を守る重要な役割を果たすと考えております。
私たち沖縄医療生協は健康を作る保険予防活動から医療、介護、福祉、高齢者の住まいまで総合的な取り組みを通して安心してすみ続けられる街づくりを目指します。
「健康をつくる、平和をつくる、いのち輝く社会をつくる、無差別平等の医療と福祉の実践」を理念に掲げ、これまで以上に地域と向き合い、いのちと人権を尊重し、質の高い安全・安心の医療と福祉を追求して国民目線の福祉社会を構築するために積極的に関わっていきたいと考えております。


沖縄医療生活協同組合理事長 上原昌義


【理事長プロフィール】
氏名:上原 昌義(うえはら まさよし)
役職:理事長(代表理事)職業:医師(整形外科)
   沖縄医療生活協同組合理事長
出身:1963年 大阪府生まれ 、沖縄県那覇育ち
略歴:1990年:琉球大学医学部医学科卒業
   1990年:沖縄医療生活協同組合沖縄協同病院入職
   2008年:沖縄協同病院副院長
   2011年:沖縄医療生活協同組合理事長(現職)


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